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「使徒パウロは・・・」 3

 まずは、パウロの位置づけについて、述べてみる。

 NTライトが、パウロの主張するところを大事に考えているのは明らかである。巷では、パウロ書簡について、これはパウロの書、これは違うといった論議があるけれど(私は無意味な議論だと思っているが)、そういう論議には賛同していない様子であるのも見て取れる。細かい話はわからないけれど、彼にとって、自らの信仰の土台、根拠として考えているのは、パウロ書簡全体であって、部分的に採用しているつもりではないこともはっきりしているだろう。そしてまた、キリストを救い主として認め、その十字架が人の救いを実現させたものだと信じていることも明らかである。

 ただ、ここからがひっかかることなのだが、なぜパウロはそのように書いたのか、そしてまた、なぜ、NTライトはイエスをそのように信じているのか、その部分である。この本を読み進める中で思わせられるのは、どうやらNTライトは、次のように考えているらしい。

 パウロがイエスを救い主と信じたのは、彼自身が当時のユダヤ教が持っている理念・信仰に沿ってキリストの出来事を見たときに、これこそが神の与えてくださった救いの御業であり、この方は真のメシヤなのだと確信したから、であるようだ。

 うーむ、この言い方でも、何が問題だと言われそうである。対比させてみるのが良さそうだ。私なら、このように言う。パウロがイエスを救い主として信じたのは、そしてまた、書簡に記されている様々なキリスト教教理を語ったのは、それはイエス・キリストご自身がそのように語り、そのように提示されたからであり、そして、イエスの告げたことが真実であることに、神ご自身の働きかけによって目が開かれたからこそ、である、と。

 違いはこうだ。NTライトによれば、イエスの出来事があったのだが、その意味を理解し、その意義を見出した最大の功労者はパウロである。むろん、パウロが勝手に作り出した、などとは考えていない。ウィルソンに関する反論を載せているように、パウロは自らの理解が真実に神ご自身の御心に沿うものであることを確信していたのだと、NTライトはそのように考えているようである。彼の主張は、語られていることだけを取れば、強調点の違いはあるとしても、それはそれで共感できる物言いのようにも見える。だが、私が気になるのは、キリストご自身の権威、という点だ。

 彼は、パウロの理解の重要な前提として、当時のユダヤ教信仰があると言う。むろん、ユダヤ社会の状況についての問題意識、課題は指摘しているし、パウロ自身もそのことを強く主張していると述べていて、決して、当時のユダヤ人の考え方を全面的に肯定しているわけではない。むしろ批判的でもある。でも、パウロの論理、そしてキリスト教の論理は、ユダヤ教の信仰理解から何も変質はしていないという認識を持っているようである。この点の是非は、改めて述べる。ここで注目したいのは、キリストご自身の自覚と主張への依拠が、非常に希薄であることだ。

 それだからだろうか。NTライトは、パウロの思想とか、パウロの福音とか、パウロの神学というような言い方を多用している。ルターならばこういう言い方でもいい。彼がキリスト教の起源だなどとは誰も思っていないし、彼が救い主の存在を明らかにしたなどとは誰も考えないからだ。でもパウロの言葉は聖書として記されているものだ。だからこそ厳密に、それはパウロの、ではなくて、キリストご自身による、であることを明示する必要がある。さもないと、どれほど内容は類似していたとしても、キリスト教とは似て非なるものとなってしまう。

 キリスト教とは、キリストが救い主であるという主義主張・考え方に賛同して、自分もその理念で生きていくことにする、というものではない。今、ここでの議論のために、あえてこのように言うが。そうではなくて、イエスという方が、ご自分は神の御子であり、救い主であると主張され、そのとおりの言動を示してくださり、さらには十字架と、そしてまた復活によって、その真実を指し示してくださったことに基づいて、この方の主張、この方が教え示してくださっている福音を真実として受け止めて、それだからこそキリスト教の教え、理念に生きていくことにする、というものだ。

 この信仰の出発点は、キリストご自身の主張である、ということである。パウロの発見ではなく、キリストがそのように語られていたからこそ、であるということである。イエスの出来事や、様々な教えを後から確かめ直し、ユダヤ教の理念と照らし合わせてみたら、この方こそがキリストだったと悟った、のではなくて、イエス自身が語り告げていたことが真実だったと気づいた、ということである。結論としては同じではないかと言われるかもしれないが、この違いはとても大きい。次回、この点を続けて述べてみたい。

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