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団扇

 夏の季節は、教会内を歩き回るときも、礼拝中も、だいたい扇子を持ち歩いている。出掛けるときはバックに入れ忘れないように、必需品だ。

 礼拝中に正面に座りながら扇子を使うのはどうか、という意見もありそうだが、まあ、私が使っていれば、皆さんも気兼ねなく使えるだろうし、というのも意味合いの一つ。それ以前に、日本のような夏には、扇子が作り出す風の一つもなければやっていけない。
 で、扇子はいつも持ち歩いているし、子どもたちに取り上げられることもあるので、だいたい一夏に一本くらいは消費する。実に重宝なものだ。何と言っても折りたためるから、携帯に便利、である。
 と言いつつ、牧師室でも、自宅でも、座り込んで何かをしている時に持ち出すのは、実は団扇のほうだ。今も目の前に団扇が置いてある。キーボードを打っている時は無理だが、本を読んだり、考え事をしている時には、おのずと団扇に手が伸びる。
 携帯性を忘れて、風の置き具合、そして、風を起こすために必要な力の具合を考えると、そこは団扇のほうが断然勝っている。何となく、いい加減に持っていても、落とす危険は少ないし、力を入れなくてもそこそこに風が起こせるし、風の量は扇子の比ではない。 それに、大概、扇子より団扇のほうが頑丈だから、壊れる可能性も低くなる。そう、持ち運ばないことを前提にするなら、団扇の方が断然、である。
 だから、椅子に座り、机に向かっていることの多い日は団扇の時間が多くなり、教会にいても歩き回っている日は扇子の登場が増える。扇子の方がおしゃれな感じはするけれど、団扇の魅力は決して見過ごしにできない。
 まあ、そのくらい使うのなら、団扇の方も、幾分かものにもこだわって選べば良さそうなものだが、目の前にあるのは家電量販店のもので、骨もプラスチック。このあたりは、ちょっとくらい、まともなのを探し求めてもいいかもしれないと思いつつも、手軽で便利と使い続けているところだ。
 目的は一緒、でも、けっこう別の意味合いになる団扇と扇子、これからも両方重宝し続けるのだろうな。

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