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大風

 古い友人の葬儀があった。

 朝から大風が吹き荒れて、電車もあちこち遅延。道を歩いているだけでも飛ばされそうなくらいの中、葬儀そのものは静かな式だった。そう、いろんな言い表し方があるとは思うけれど、静かな式、だった。それは、故人の人柄には、私の知っているそれには、とてもよく似合っているように思えた。
 想い出の写真が映写されていたが、その中に私と、一緒に行った友人と、それに彼とが一緒に写っているものが含まれていて、それはちょっと意表を突かれた。教会の礼拝で若者4人で特別賛美をしている光景。その写真は私も持っている。教会のアルバムにも入っていると思う。
 出棺の際、式場となった今の所属教会の会堂前で待っていたら、あいかわらず、大風が吹いていた。空全体が、何もかも持っていきそうなくらいの風に包み込まれているようだった。ふと、その風が彼を連れて行ってしまったような感覚を覚えた。
 あまりキリスト教っぽくないようにも思ったのだが、それに、亡くなった日とは別なのだけれど、後々考えてみたら、聖書では、風という言葉は、息とか霊とかと同じ言葉を使っている。キリスト教では、最期のことを「召される」と呼ぶ。神ご自身の霊が、息が、神の風が、その人を御許に連れ去っていく。そう言えばエリヤの時、大風が吹いていた。病気が分かってから1年にも満たない。あっという間に大風に連れて行かれたような、そんな思いがした。
 でも、だとしたら、それは安堵の思いでもある。そう、主の御手が連れて行ったのなら、いや、そうだからこそ、寂しくはあり、悲しくはあり、やるせなくもあり、でも、せめてもそこには安堵が宿り得る。朝から振り回された大風が、何か心地良いものに感じられたのは、ただの気分に過ぎないのだけれども。

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