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40年

 息子を案内して、hi-b.a.の船橋集会に行ってきた。

 案内が目的だったから、集まりに送り入れたら退散して、近所でコーヒーでも飲みながら終わるのを待っていようか、などと考えてもいたのだ(道順をちゃんと教えていなかったので)。でも結局、最後まで見学させていただいたのは、私自身がこの集会のOBなので、つい懐かしくなって、というのが一番の理由。
 OBと言っても、もう40年も前の話。会場は同じ西船橋キリスト教会だが、建物は別のところ、前の会堂の頃である。担当スタッフが、今現在はhi-b.a.の代表役員をされている中臺さん(さんづけで呼んでいた。この春まで西船教会の牧師をされて、JEAの理事長もなさっていた方だ)と言えば、hi-b.a.関係の人ならイメージが湧くのではないか。40年前ということは、中臺さん自身もあるいはまだ20代か。古い話になってしまったものだ。
 でも、集まりそのものの様子は、基本的に当時と変わらない。もちろん、高校生の様子は変わり、スタッフも若くなり、受け答えの口調などは変わっていると思うが、内容的なこと、暗唱聖句をしたり、近況を分かち合ったり、祈りの課題を出したり、そして学びをしたりというあたりの骨格は、基本的に同じだなあと感慨深いものだった。地味と言うべきか、地道と言うべきか、でも、そういう取り組みによって高校生たちの信仰に呼びかけ、働きかけ、励まし、あるいは養い育て、そういうふうにしてなされていた集まりは、時代を経て今もなお、同じように大事にされ、意義を認められているのだなと、それが何より印象深いものだった。
 それに、息子などを見ていると、高校生と言ってもまだまだ子ども、などと思ってしまうのだけれど、分かち合われている事柄とか、祈りの課題なども、それぞれに自分の足で歩いて行こうとしている様子がうかがい知れて、聞いていてもなるほどと心楽しくなったものだった。
 hi-b.a.は、私にとっては最初に様々な教会の若者たちと出会い、語り合うことができた場所。グループの違いなどに関する知識は皆無に近かったが、ちょうど良いバランスと互いを尊重する意識が、そんなふうに自覚していたわけではないのだけれど、おのずと育まれていった心楽しいものであったことを思い出す。私はhi-b.a.は集会にだけ顔を出し、キャンプには行かず仕舞い、hi-b.a.センターでの大会にも顔を出したことがなくて、だから、hi-b.a.の一部分を知るだけなのだろうか、それでもあの集まりが抱いていた価値というものを、大切に受け止めていたようにも思い出す。とても心楽しいひとときだった。
 息子が続けて参加するつもりかどうかは、それは自分で考えれば良いこと。どちらとも強要するつもりはないけれど、この集まりのことは、「なかなかいいぞ」と申し上げておきたい。

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