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経営者の資質

 だいぶ前に書きかけて、放っておいた話なのだが。

 以前に聞いた話だが、スイス人の知人によると、向こうではいわゆるパートのような仕事でも、そこそこには暮らしていけるような賃金なのだと言う。経験もない初心者が老人ホームで短期のパートをしても、時給が2500円とか。物価とか、社会構造が違うから、金額で比較はできないけれど、それでも、例えば主婦が週に3日もパートをするならば、夫婦の収入を合わせれば十分に暮らしていけるはずとか。日本のように、二人で精一杯働いて、それでぎりぎり暮らしているような状況は不思議だ、という印象があるようだった。
 バブルが崩壊して以降、日本の労働者の給与水準は決して高いとは言えない。あの頃も、本当に高かったのかどうかは疑問があるけれど。昨今は政府が音頭をとって賃上げを要求しているが(それが自由主義経済において良いことかどうかも議論すべきだろうが)、それだけしても、決して高水準の賃上げがなされているわけではなく、むしろ企業側からは否定的な声のほうが多いように思う。経営者側は、仕方がない、会社自体が儲かっていないのだから、と言う。そのことをどう判断するかはいろいろあるけれど、まあ、確かに、有り余っているわけではないようではある。
 でも、だとすれば、奇妙なことだと、そう思う。

 日本の社員がとても勤勉であることはよく知られている。生産性はとても高いはずだ。また、個々人の技術力も高いし、全体としても高度な技術を持っている。ごくごく基本的な部分の仕事しかなくて、稼ぎになりにくい産業構造でもあるまい。そのうえ、人件費は高くない。アジアなどと比べたら高いぞと言われてきたかもしれないが、そこで比較しても仕方がない。少なくとも、今言ったような生産性とかを考えたら、決して高くはない。
 つまり、企業はごく基本的な事項として考えれば、大いに利益を上げられるような要素をいくつも持っていることになる。
 でも、その割には利益が上がっているようには見えない。ぼろ儲けしていても良さそうなくらいの材料があるのに、そうはなっていない。為替の問題とか、海外との競争とか、いろいろあるのは分かるけれど、そこは経営者の才覚の問題だろう。グローバル化の時代でも、ちゃんと豊かな利益を上げている会社だってある。
 それができずにいて、せっかくの宝が持ち腐れになっているのだとすれば、それはつまり、経営者の能力に問題があるということなのか。時々、ブラックと言われるようなところがあったりするけれど、それですら、とてつもない利益を上げているようには見えない。むろん、そういうやり方で利益を上げるのは間違っているが。
 経営者として立つつもりならば、まっとうな取り組み方で、ちゃんと従業員に豊かな暮らしをさせられるような(少なくとも心配せずに安定した暮らしをさせられるような)、そういう利益をしっかりと上げるだけの才覚がほしい。日本の人々の経済状況が楽にならないのは、もしかすると、経営陣の能力の問題なのだろうか。彼らの能力不足のしわ寄せが、全体に及んでいるということなのだろうか。そうでも考えないと、こんなに好条件に恵まれている企業が、それなのにたいして儲けられていない、という状況は実に不可解だと、そんなことを思うのだ。
 企業の経営のことなどお門違いも甚だしいのは百も承知で、お前に分かるはずもないと言われるのはもっともだと認めつつも、でもこれはごく初歩的な疑問になりえるのではないのかと、そんなことを考えた。

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