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父の日

 昨日は父の日。

 教会でも礼拝後に記念の時が持たれて、素敵な手作りのスマホスタンドをいただいた。さっそく、牧師室の机に置いて、重宝している。なかなかに趣味の良い一品だ。
 教会学校では、プラバンでアクセサリーを作って、それぞれの親たちに上げていた。息子も小学生の頃はそうやって作ったものをくれたので、だいぶ前のプラバン作品は、今もキーホルダーにぶら下げている。小学科はとうの昔に過ぎたので、工作をすることもなくなったのだが。ただ、経年劣化か、壊れ始めていたので、「そろそろ新しいものがほしい」とつぶやいていたら、かわいそうに思ってくれたのか、今年は新品をプレゼントしてくれた。私を知る人は、驚喜しているだろうと思っているだろうが、当たり、である。
 今年は、もう一つ、父の日のプレゼントをいただいて、とても感慨深いものだった。年齢的には、私のほうが子どもの世代であるのだけれど、それなのに「父の日に」と言って手渡してくださって。
 カトリックでは「神父」というわけで、教会の人にとっての「父」であるのだろうが、私は「牧師」であって、「父」であるというような理論はない。人生の経験とか、様々な意味で言えば、もちろん大先輩で、それに、具体的にも、何か「父」みたいなことができているのかと問われたら沈黙させられるのも現実。
 でも、心の持ちようとしては、願いとしては、ちょうど父親たちが子どもらを見守るような、そういう感覚でここに立っていたいとそう思っている。だから、「父の日のプレゼント」であったことは、とても感慨深いものだった。
 あっ、教会の皆さんもこれを読んでいるだろうから、決して、プレゼントが欲しいと求めているわけではないので、念のため、よくよく念押ししておかねば。むしろ、そうありたいと、これからもまた、父であり得るように精進せねばと思わせられたという、そういうことであるので。

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