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葬儀

 先日、教会の人の葬儀をしたが、今度は、依頼を受けて、葬儀に携わった。

 電話がかかってきて、キリスト教での葬儀をお願いしたいのだが、とのお話。結婚式をしたいという希望が教会に寄せられることはよく知られているけれど、日本ではまだまだ、キリスト教の葬儀を望まれる人は、教会の人たち以外ではごくわずかにすぎない。仏教式ではなくと考える方でも、それなら無宗教で、となるのが一般的だろう。それでもキリスト教でと望まれるのは、昔は教会に行っていたとか、教会学校に通っていたとか、あるいは、関係者がクリスチャンで、という場合だとは思う。
 私としては、通常の活動に支障がない限りは、そういったご希望にはできるだけ応じたいものとは思っている。キリスト教信仰では、この世界を造られたのは神様であり、人に生命を与えられたのも神様と信じている。本人の自覚を越えて、人の生涯の一切は神の御手の中にあるのだと、主なる神は全世界の、すべての人の神であり、決して、信仰者だけの神ではないと信じている。それなら、生涯の終わりに主に祈り、主に委ねたいと願われるのであれば、その手助けをするのは牧師として自然なこと、そのように思っている。何もクリスチャン限定にする理由はない。
 そうは言っても、お寺さんとは違い、葬儀や追悼に関する事柄を活動の中心に置いているわけではないから、そのことだけで一杯になるわけにはいかない。今のところ、2,3年に一度程度の依頼なので、日程さえ何とかなれば応じられるけれど、もし、そういった思いを抱く人が日本の社会に増えていくようになったら、それは嬉しいことだけれど、対応できるような手はずを何か考える必要は出てくるかもしれない。
 たまたま、東京基督教大学から出た「日本宣教におけるキリスト教葬儀」というブックレットを読んでいるところだが、そのブックレットを企画した人々の間では、その当たりの話もいろいろ考えられているようだ。本の内容については、最後まで読んでからまた改めて、私なりの考えを書き留めてみるつもりだが、ともかくも、よくよく検討されるべきテーマの一つであることは痛感させられる。

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