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便利さに慣れすぎ

 土曜日、銀行のATMに立ち寄った。

 金曜の夜に予想外の現金支出があって財布の様子が心許なくなり、日曜日は何かと現金の物入りが多いので、少し足しておこうと思ったのだ。まあ、そこまではよくあることで、何と言うことはない。が、行列になっていることが多いショッピングモールのATMが空いている。待たなくて済む、と喜んだのはつかの間、使えません、という表示がそこに。
 そう言えば、システム切り替えだかで使えないときがあると報じられていたことを思い出した。さほど気にもしなくて、それがいつなのかも確認していなかったと、今さらながら気づいても、すでに後の祭り。何とかやり過ごすことはできたけれど、危うい所だった。
 思い返せば、昔は土日にはATMも閉じていた。休日、使えるようになっても、払い出しは手数料もかかるので、事前にちゃんと確認していたものだった。それが、いつでも開いているようになって、手数料もかからなくて済む対応があったりして、もともとさほど多くの現金を持ち歩く習慣もなく、それは要するに、高額のものを買うときにはあらかじめ考えてからということが多いので、急に思い立って買うのは、せいぜい食料品か文庫本くらい。遠出する場合はともかく、地元の町を歩いているくらいなら、現金があるかどうかなどさほど意識する必要性もない。
 のはずだったのでなおさらよく確かめもしないでいて、それで何とかなる時代で。便利なことで、その恩恵をいつも享受しているのだが、でも、そうやって便利な環境に結構引っ張られている、流されているのだなと、使えません、と表示されているATMの前で、しみじみと思わせられた。まあ、だからといって、現金を確保しておくことに心配りをするかどうかと言われたら、たぶん、あまり変わりはないのだろうけれども、そして、この便利さを手放すつもりもまったくないのだが、でも、便利さをあまり前提にしすぎないようには気をつけておきたいものだと、諭された気分である。

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