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弁当

 昼飯の話だが、弁当には、腹を満たしている、という感覚がある。

 コンビニやスーパーでおにぎりやパンを買ってくるのも同じような感覚だが。お店に食べに出るのだと、それが立ち食い蕎麦でも牛丼屋でも、気分転換とか、食そのものを楽しむという意識が宿るのだが。人生で食事の回数は決まっているのだから、一回も無駄にはできないと語っていた人がいたけれど、その感覚からすると、腹を満たすことが主軸となっている食事は、もったいないと指摘されるのかもしれない。

 遠足や行楽のお弁当はもちろん意味が違う。それに、誰かに作ってもらう弁当ならば、蓋を開けるところから楽しみが始まるわけだから、全く別物だ。ようするに、自分で作って、自分で食べる弁当の話、である。あっ、自分で作ると言っても、家のご飯ならば大いに満足。時間をかけて作って、あっという間に食べ尽くしたとしても(我が家は食べるのが早い)、大いに心楽しく、胃袋も心も満たされる。でも、箱の中に詰め込まれた世界だと、ちょっとやはり限界、なのだろうね。そこそこに凝って作っているつもりで、分量的にも品目的にもしっかり詰め込んではいるのだが。

 ただし、弁当は体調には良い。高校に入った息子が弁当を持っていくようになったので、自分のものも合わせて作るようになって、一応、息子の好みや分量、気に入りそうな種類のものを優先に考えているのだが、それでも当然に私自身の好みが反映するわけで、その日の朝に自分が食べたいと思うものを作る。自分の好みではなく、よく考えて食べるべきという説もあるが、私の場合はその日の体調に合致したもの、そして分量というのが、一番身体には馴染むし、調子も良くなる。自分で作る弁当に場合は、まさに自分の身体が欲求するものを食べているのだから、調子が良くなるのはもちろんである。息子よりは少なめにしているが、それでもしっかり詰め込むから、ダイエット的な効果はあまり期待できないけれど、調子はいい。自分で作れば添加物はあまり入らないし、化学調味料の類は使わないので、そういう意味でも外食や買い食いより良し、とも言える。

 夏休みに入って、自分一人分だけはさすがに面倒だから作らず、また手近なものを取っ替え引っ替えになっているけれど、二学期が始まればまた、身体に優しい日々が戻ってくる。まあ、暑すぎる季節は衛生面も心配だから、ショウガとか梅干しを効かせるくらいのこと以外には防腐的な扱いはしていない弁当は、お休みしておいた方が安心ではある。いくらか涼しくなった頃に、また再開である。

 最初の話に戻れば、会社などで、同僚とおしゃべりでもしながらの弁当なら十分に心も楽しいのだろうが、牧師室で弁当箱を開くと、必然的に何かの本か書類かネットニュースを眺めながらになるのも、腹を満たすになってしまう要因なのだとは思うが、こればかりはどうにもしようがない。出かけるよりも、時間的にも、金銭的にも、何にしようかと考えあぐねる面倒もなく、そして体調も良く、であるからして、食を楽しむとこはろさておいても、十分に利点は大きいのだと、自分でも心からそう思いつつ、9月になったらまた、腹を満たすことが再開する。

(以前、都内のオフィス街の教会にいたときは、近所に手作り弁当屋があって、サラリーマンがたくさん集まる店だったが、多少油は強かったけれど、私もまだまだ若かったし、あそこの弁当を買ってくるのはなかなか楽しかった。)

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