« 自衛 | トップページ | 明日はどうか »

感覚は当てにならず

 会堂はコンクリート造りで、冬は冷え、夏は熱をためやすい。そのかわり堅牢なのだが。

 この季節になると、雨でも降って冷ましてくれない限りは、会堂はしっかりと熱を溜め込む。なので、牧師室のある3Fあたりは、結構なものとなる。いったいどのくらいだろう、と思って、今日の昼過ぎ、3Fの廊下に温度計を置いてみたら、35度という表示。直射日光にさらされている屋外だったらもっと高かったのかもしれないので、建物の恩恵はありがたいとしみじみ思ったが、何にしても高温には違いない。

 牧師室は、もちろんエアコンがあって、ちゃんと動かしていて、ドアを開けて中に入ると、ひんやりとした感じがして、ほっとさせられる。なので、まあまあこんなものか、いや、ちょっと冷やしすぎか、もう少し設定を挙げようか、などと考えていた。でも、念のため、ちゃんと測ってみようと温度計を置くと、もちろん、35度からはどんどん下がる。下がるのだが、30度台で止まってしまった。

 設定は28度にしていたし、中に入るとひんやりしていたし、十分だろうと思っていたのだけれど、実際にはこの温度。感覚というものは当てにならないと、痛感させられた。30度もあったのに、35度から5度低い部屋に入ったものだから、涼しいぞと思い込んでしまう。いやあ、危ういことである。慌てて設定を下げて、エアコンが強く動き出して、それでやっと27度台になった。何となく鈍っていた頭脳の回転が改善されたのは、ごく当たり前のことである。

 きちんとした基準、尺度というものは大切なのだな、と思い知らされている。感覚は、自分が慣れている状況を前提にして作用するから、回りが悪ければ、そこそこ程度に悪いあたりだと、結構ましだぞと思ったりする。でもその実態は、感覚の指し示しているレベルとはずいぶんと違っているのかもしれない。温度計は大事だし、それ以前に、ちゃんと温度計を見て判断すべきだし、あるいは人生やこの社会のことを考える時には、ちゃんとした基準、やはり神ご自身が語り、指し示しておられる基準が欠かせないと、そう悟らされる温度計の表示だった。明日からは、もうちょっとまともな室温になるように気をつけよう。熱中症で亡くなる人が増大していると報じられていた。気がかりなことである。今日も熱帯夜、それでも、少し風が出てきたようでもある。

|

« 自衛 | トップページ | 明日はどうか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/49212/67014402

この記事へのトラックバック一覧です: 感覚は当てにならず:

« 自衛 | トップページ | 明日はどうか »