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夢を追い求めたい

 政治や社会には、夢を追い求める姿勢が必要だと思う。

 核兵器廃絶のことについてだ。それを夢などと言うことに反論もあると思うが、世界の現状としては、すぐさま廃絶され得るとは考えにくい。

 核の傘とか抑止力という概念については現実味があるとは思っていない。存亡の危機と感じれば報復を認識したとしても核兵器を使用する国または勢力はありえるだろうし、しかもこの類の兵器は国のごく一部の人々の意志で行使できるのだから、かつての日本が唱えていた一億総玉砕よりもずっと現実味がある。とすれば、核兵器がにらみをきかせているから抑えられる、という概念は難しい。

 核兵器を持っている国がその他の国を抑え込めるのかということも、使用すれば他のところから攻撃される可能性を開くことになるし、はたしてそんな危ない橋を渡ろうとする大国の指導者がいるだろうかとも疑問がある。そういう危機感を抱かない指導者が立てば、何が起こっても不思議ではないのだが。広島・長崎以降、すでに70年を越えて、核兵器は戦争には使われずに来ている。使えない兵器という概念は広まっており、もし、それを小規模だとしても使用すれば、世界的にたがが外れたようになって行使される懸念は大きい。現状のように、使えない兵器、という感覚を保持することは、世界的に言っても必須のことのはずである。

 だから、抑止力という概念は机上の空論だと思う。が、それを手放すことは容易ではなく、何か別の方策での抑止力が見出されるまでは、たとえそれもまた空論に過ぎないとしても、そういうものに取り替えることを提唱していかなければ、全面的な廃絶へと進ませるのはかなり厳しいものがあると思う。

 もっとも、アメリカやロシアのような大量の核兵器を持っているところ以外の諸国であれば、廃絶の可能性はあり得るのではないかとも考える。イギリスやフランスがどの程度の量を持っているのかわからないが、他国を壊滅できるほどの報復に足りるとは思えず、とすればなおさらのこと、使用できる可能性はわずかだ。それならいっそのことやめてしまったとしても、これら諸国であればおそらく、国際的な軍事力のレベルにおいても低下はほとんどないと思われる。むろん、放棄しても相手側は放棄しないかもしれないが、ほとんど使えない、使ったときには世界的な壊滅が待っている兵器であれば、そして、通常兵器での軍事力が減退するわけではないとすれば、これら諸国は率先して廃棄するという決断をしても、少なくとも自国にとっての損失はないはずだ。

 というように、核兵器そのものについては、存在自体が意味をなさないと思っているが、でも、それを全面的に廃絶するのは決して容易ではないとは思う。

 だが、そこで終わりにしてしまうのでは政治家としての資質がないと言うべきだし、社会としても、そういう現状に甘んじるべきではないと思う。たとえ今すぐには見通しが立たないとしても、そうであればなおさらのこと、その実現という夢をはっきりと掲げて、そこへ向けての取り組みを進めるべき、それが政治家の基本的な素養であろうと思うのだ。

 それは単に夢を標榜していれば良い、ということではない。今のアメリカに廃絶を呼びかけても意味をなさないと思っているのならば、どうすれがアメリカが耳を傾け、可能性を考え始めてくれるか、それだけ魅力的な提案は何かということを必死になって探し求めるべきだ。核兵器を廃絶するためには、それに代わる安心感を諸国にもたらす必要があり(核兵器は安心にはならないと思っているが、人々がそう思い込んでいるのは事実だ)、それには何が良いのかを必死で探し求める必要がある。こういう部類のことは、単に理念とか、倫理的理由だけでは動かないのだから、現実的な方策を編み出す必要がある。ただし、核兵器の代わりに別の強力な兵器、では意味をなさないから、そういう安易な入れ替えではない策を講じねばならない。

 というふうに考えると、これはまさに人類の英知を結集する必要がある。たとえば、今の日本が、アメリカを説得するのは現実的ではないと考えているのなら、それゆえに条約に賛同しても意味がないと考えているのなら、納得させられるだけの方策を見出すための研究機関に膨大な資金提供をする、というような選択肢がありえるはずだ。それも一時的にではなく、継続して、それこそ数十年、あるいは百年単位での資金提供を続けても良いはずだ。代用となり得る方策を見つけるために奮闘しているからと言って、日本の行動はけしからんという保有国はあるまい。むろん、簡単だとは思わない。だからこそ、夢、という言葉を使っている。徒労に終わることも多いだろうし、結果が出ずに長い年月が過ぎていくかもしれない。でも、これは必要な徒労であり、費やされるべき経済的負担であって、それを意味がないとか、結果が出ないとか、負担が大きいなどと言うべきではない。

 夢は、目指し続けなければ決して届かない。何度も挫折感を味わいながらでも取り組み続けてこそ、そういう覚悟があってこそ、夢は実現する。幸いというか、日本の経済規模は大きい。消費税だけでも17兆を越えるようだ。覚悟を決めて取り組んだら、日本の経済自体への深刻な影響などは考えなくても、相当の資金を用意できる。

 研究機関が良いアイデアかどうかは思いつきに過ぎない。だが、なしえることはいくらでもあるのだから、今すぐの廃絶は無理だ、と言っておしまいにするのではなくて、できることを探し、夢を追い続けるために奮闘する、そんな政治であり、社会でありたいものだと、そう願う。戦争そのものをなくすことについても、同様に夢を抱き続けるべきなのだが。

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